２　　遺族の悲しみ

 長野の久米路峡で父親を失った前田の息子夫婦は、悲しみにくれるのであった。
東京へ戻った二人はこじんまりした葬儀を行った。父親の関係では参列者はなく、息子・前田幸一の関係者と嫁の前田友恵の関係者だけだった。

　前田幸一は都内のある小さな会社の社員だった。父親とは同居はしていたが、生活は完全に別居。父親がどんな生活をしていたか、何にも知らなかったのだ。ただ、お酒が好きでよく飲みに行ってたことしか知らなかった。　二人には子供はいなかった。父親の葬儀が済んでから二人は遺産相続の手続きに入った。
そして驚いたのだった。

　父親にはかなりの資産があるはずだった。
そのように父親から聞いていた。
　しかし、父親名義の預貯金はほとんど残っていなかった。
どうしたんだろう？　父の残した資料等を調べるがなんともしがたかった。遺書らしきものもないのだ。 

　葬式が終わって、その後の生きざまに悩んでいた息子夫婦のところに、弁護士が訊ねてきた。「お葬式が終わってバタバタしておられることとお思いしますが、重要なお話がありまして。少し、お時間をください」
「じつは、重要な書類を預かってまして。あまりに重要なのでどうしようかと思っていました。そこへお父様が長野で亡くなられたとお聞きしまして、ご遺族の方にお会いしてお話ししようと、伺ったわけです」
「じつは、ある不動産会社から書類を預かっています。これです。ご覧ください」
　それは自宅の土地・建物の件だった。権利はすでに不動産会社に移っていて、引き渡し期限は一か月先だった。
「これは！　これは何！　どうしたんですか？」
「いや、私も分かりません。預かっただけですので。とりあえずお渡ししておきます」 

　ふたりはどうしようもなかった。
役所の遺産相続センターから紹介された弁護士に相談したが、書類に不備はなく、どうにもならなかった。
　結局、父親の財産はすべてなくなってしまったのだ。
住むところもない。この先どうしよう。