第一章　　　悲劇のはじまり

１　久米路峡転落事件の背景 

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　長野市郊外の久米路峡で転落死した前田健司のことを知って驚愕し、困惑したのは家族だけではなかった。
都内で個人企業を営んでいる大崎五郎という男も驚愕した。
　ある日の新聞でそのことを知ったのだ。
　どうやら事故死らしい。
ああ、困ったぞ、どうしよう、今後どうしたらいいんだろう。
　二人は知り合いだった。飲み仲間だった。というより、大崎は前田を食い物にしていたのだ。
そのいきさつが世間にばれたら、大崎もおしまいだ。
　あの、お酒好きで、いい男が。彼の事業を、生活を総て面倒見てくれている男が死んでしまった。
　二人は都内の飲み屋で知り合い、意気投合したのだ。そのころ、大崎は事業に失敗し、困窮していた。彼は飲んでるうちに前田が資産家であることを知った。預貯金もかなりあるらしい。不動産もある。そういう意味では、前田は世間に信用があるのだ。
少なくとも大崎よりははるかに。
　前田は大崎の苦境を知り、無償で援助してくれた。
でも、いつまで続くかわからない。
　思い切ってとことん利用してやろうと考えたのだった。