自転車事故から

 三田は痴漢偽装事件を起こして、岡田に近づこうとしたが、それは失敗に終わった。さらに近づく口実がなかったのだ。そして、次の方策を考えた。

　ある日の夕方、その日の仕事が終わって帰宅の途中だった。岡田の頭の中は、その日の仕事の内容が渦巻いていた。考えこんで歩いていると、後ろから自転車の急ブレーキ音がした。
「きゃ、危ない！」
　声と共に自転車が突っ込んできた。
　後ろから突っ込まれ、危うく車道に飛び出しそうになった。
わきに、自転車が倒れこんだ。
自転車に乗っていたのは若い女性だった。
「ごめんなさい、すこし、ぼんやりしていて。ごめんなさい。けがはありませんか」
「おお、びっくりした。気を付けてよ。あなたこそ、大丈夫ですか」
「私は大丈夫です。本当にごめんなさい。本当に大丈夫ですか」
「ああ、少し、服が汚れただけですよ。気にしないで」
「ああ、本当にごめんなさい」
若い女性は陳謝するのだった。 

　その日はそのまま別れた二人だったが、次の土曜日のお昼前、同じ場所で再会した。というより、若い女性が待ち伏せていたと言ったほうが正解か。
「こんにちは、この前はごめんなさい。また、お会いしましたね」
「ああ、この前の自転車の人か。また、会ったね」
「またお会いするなんて、嬉しいわ。この前のお詫びに、そこらでお茶しませんか」
「いいね、ちょうど、お昼ご飯に行くつもりだったんだ。よし、そこらでお昼ご飯にしよう。いいね」
二人は近くのレストランへ行った。
　食事しながら二人はそれぞれ自己紹介した。男は西東電子という電子機器メーカーの技術者の岡田誠二、女は近くのスナックに勤める三田和江と名乗った。二人とも、独身だった。
そこから二人の交際が始まったのだ。
　そして三田は岡田の個人情報を聞き出したのだった。
　彼は天涯孤独で、親戚もいないこと。会社での自分の将来に不安を抱いていること。等々を。