吉良上野介

 こんどは吉良町の華蔵寺へと行く。
　吉良上野介というと、忠臣蔵でおなじみの日本の歴史を代表する悪人の一人のように思われがちだが、実際にはそんなことはなかったらしい。
　吉良家はもともと足利氏の出で、足利氏が権勢を振るっていた室町時代には、本家の足利氏につぐ名門だった。鎌倉時代の初期に三河吉良荘地頭職になったのが吉良氏の始めだというから、吉良町とは切っても切れない縁があるといっていい。

　吉良上野介はこの地で善政を施している。毎年のように洪水に襲われていた川に堤防を築き、新田を拓き、塩田をおこした。いまでも、吉良町の人々の多くは、彼を「名君」と信じて疑わない。吉良町の人に言わせれば、浅野内匠頭のほうこそ、思慮が浅く、短気で、おまけにケチなバカ殿様――ということになりかねない。
　その吉良上野介の墓は吉良町岡山の華蔵寺にある。
小さいが、なかなか風雅なたたずまいだ。山内の古梅が満開の花をつけていた。小堂で句会があるらしく、障子の中から女性たちのひそやかな話し声が洩れてくる。寺の屋根と松の木と赤い柿の実がきれいだった。
　吉良上野介の墓は位牌を巨大化したような形で、なかなか風格がある。墓前には線香が幾本も立ち、そのほとんどは灰になってしまっているけれど、まだ少し煙を上げているものもあった。
次から次へと、参拝者が絶えることのない証拠だ。
　よし、今度いつか大石内蔵助を探ってみよう。赤穂の地と隠棲した京都・山科を。