プロローグ

 ２００Ｘ年のある日、ここは愛知県西尾市の三ヶ根山スカイラインの頂上付近だった。
ここには太平洋戦争で戦犯として裁かれ、絞首刑になった東条英機（元首相、陸軍大将）、板垣征四郎（元陸軍大将）、松井石根（元陸軍大将）、広田弘毅（元首相）、土肥原賢二（元陸軍大将）、木村兵太郎（元陸軍大将）、武藤章（元陸軍中将）が眠っているのだ。
　高さ５メートルほどの石碑で「殉国七士墓」と彫られており、作られた当時の首相、岸信介の揮毫である。７人の遺骨は実際に碑石の下に埋まっている。
　戦争を知らない世代の人たちにも、戦争の最高責任者であった東条英機の名前ぐらいは知っている。
　由来書によれば、この七人は一九四八年十二月二十三日の未明に処刑された。同日、横浜市で火葬に付されたが、遺骨は遺族にも渡されないまま処分されることになっていたらしい。七人の遺骨はゴチャゴチャになって穴に捨てられた。
　その遺骨を、三文字正平という弁護士が占領軍の警戒の目をかすめて盗み出した。深夜のことで、暗闇の中を忍び込み、わずかに空き缶一個分の骨灰を盗み出すのが精一杯であった。

　遺骨は最初、伊豆山中にひそかに葬られてあった。それが一九六〇年にこの三ヶ根山に移葬されたものだ。なぜこの山に――という疑問が湧くが、要するに、こっそりことを運ぶには絶好の場所であったというのが事実らしい。
　いまでも、けっこうな人々が慰霊のためにやってくるのだ。