ホテルで休養していると、ツアーに同行していた男性の客がロビーにいた。なんか愁いがありそうな雰囲気だったので、今まで声をかけずにいたのだ。でも、今夜は少し、晴れ晴れとした顔をしている。

　思い切って声をかけてみた。
「こんばんわ、アンコール・ワット、結構楽しかったですね。お一人でですか。あ、失礼、私は朝見と言います。このツアーのルポを書こうとしてるんです」
「え、朝見さん？　ひょっとしたら日本紀行によく掲載されている、探偵としても頑張ってる朝見さんですか？」
「えっ！　僕の事、知ってるんですか？」
「そうなんです。じつは私、高田と言いまして、朝見さんの通っていた高校で歴史の教師をしているんです。朝見さんのことはよく知っています」
　なんと、朝見の母校の教師だったのだ。こんな偶然もあるんだな。

「朝見さんなら、安心だ。
実は私、母の慰霊を慰めようと、アンコール・ワットに来たんですよ。今日、アンコール・ワットの散策が終わって、ほっとしているんです。実は、私の母は、オレオレ詐欺に引っかかって、気落ちして、ふらふらしている時に交通事故で亡くなったんです。詐欺を仕掛けた連中が、私には許せないんです。ちょっと、相談にのってくれませんか？」
「いいですよ、私に出来ることは何でもしますよ」