第一章　　　天城峠の妖精

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１

　四万十川の若鮎の事件が決着して、朝見はしばらく虚脱状態だった。何をするにもなんか意欲がわかない。悶々とする日々だった。
　そんな時、日本紀行の黒川編集長から電話が入った。
「やあ、朝見ちゃん、暇だろ。ちょっと話があるんだけど、こっちへ来てくてないか？」
「いいですけど。なんなんですか？」
「まあ、明日、来てよ。悪い話じゃないよ。待ってるよ」
　黒川編集長の言い方が少し変に感じた。一体何なんだろう。まあ、とにかく、翌日、日本紀行へと行った朝見だった。

「やあ、来てくれたか。ちょっと外へ出ようか」
　黒川編集長はやって来た朝見を近くの喫茶店に連れ出し、コーヒーを前に言うのだった。
「朝見ちゃん、《週間マンデー》の安倍社長を知ってるだろ。彼から頼まれたんだよ、朝見ちゃんを貸してくれ、と。文殊の呪いの事件の時の朝見ちゃんの活躍を知ってるから、白羽の矢が立ったんだよ」
「え、何なんですか？　そりゃ、安倍社長は知ってますが、貸してくれってのは、どういうことですか？」