第四章　鯖街道の女 

　久しぶりにのんびりしていた朝見のもとへ、「日本紀行」の黒川編集長から電話が入った。
「朝見ちゃん、ひまだろ？　 ちょっと鯖街道をルポしてくれない？　相談したいんだ、悪いけど、会社までこれないかな？」
　まったく、人使いの荒い黒川であった。しかし、仕事を貰っているんだ。朝見も抗弁できないよ。
「いいですよ、じゃ、明日１０時ごろ行きます」
　そう返事した朝見は、パソコンで鯖街道のことを調べたのだった。

　鯖街道は、若狭国などの小浜藩領内（おおむね現在の福井県嶺南地方に該当）と京都を結ぶ街道の総称である。主に魚介類を京都へ運搬するための物流ルートであったが、その中でも特に鯖が多かったことから、近年になって鯖街道と呼ばれるようになった。
　狭義では現在の小浜市から若狭町三宅を経由して京都市左京区の出町商店街に至る若狭街道を指し、おおむね国道２７号や国道３６７号に相当する。
　これが一般的に言う鯖街道なのだ。
　広義では現在の嶺南から京都を結んだ街道すべてを鯖街道とよぶ。
　たとえば西の鯖街道は、標高８００ｍの丹波高地を挟み、福井県高浜町、おおい町名田庄、南丹市美山町、京都市右京区京北、京都市北区、そして京都御所を結ぶ約７０ｋｍの街道なのだ。 

　翌日、「歴史と旅」の編集部へ行った朝見はびっくりした。いつもは気難しそうな顔をする黒川がじつに御機嫌がいいのだ。
「ちょっと、外へ行こうか」
　近くの行きつけの喫茶店に落ち着くと、コーヒーを飲みながら黒川が言うのだった。
「実は、おれは、この間、業界の集まりで大分県・別府へ行ったんだ。集まり自体はなんてことなかったんだが、そのあと、近くの料理屋で鯖の刺身を食べたんだ。
　まあ、今じゃ東京でもどこでも鯖の刺身なんて珍しくもなんともない。でも、その時の鯖の刺身には、美味しさにびっくりしたんだ。関サバっていうブランドだがね。これが取れたてで提供されたんだ。じつにうまかった。東京でも関サバはいつでも食べられるが、やっぱり、地元の鯖に限るね。それとも、この店だけなのかな。
　帰ってある本を読んでたら鯖街道のことが書いてあってね。同じサバだ。きっと鯖街道には美味しいものがたくさんあるに違いない。一つ、鯖街道の探索をやってもらいたいんだよ。経費はたっぷり払うよ」
　珍しい。経費をたっぷり払うよ、なんていうのは。
　きっと、別府でいいことがあったんだろう。

　鯖街道と聞いて、朝見は思い出した。以前、国東半島を巡ったとき、宿泊したホテルの近くのスーパーに鯖の刺身が売っていたのを思い出した。足の速い鯖の刺身がスーパーで売られてるんだから、大分県の鯖がいかに新鮮なのかがよく分かった。