市川の場合は、話に聞くと、歴史好きな男みたいだな。
　うん、甲府がいいな。おれはあのあたりにも結構詳しいんだ。桜井室長が、甲府へ誘い、武田信玄の跡を散策するんだ。
　しかし、いつまでも一緒にいては桜井室長に嫌疑がかかる。そこで、途中で、用事を装って、東京へ戻るんだ。そして市川一人にする。
　もう一人、歴史が好きな奴がいるんだ。そいつに韮崎あたりを案内させよう。といってな。まあ、これも俺だがね。
　韮崎の新府城址で排除しよう。ここは武田勝頼の最後の城だ。
　ここは意外と人出が少ないんだ。人生を終わらせるのに、ここは都合がいいんじゃないか。俺は車で、そのまま逃げて、どこか高速道路のパーキングで乗り捨てよう。
　これで大事なのは、車の盗みだ。後でわからないように、指紋なんか残さないように慎重にしなくちゃな。
　どうだい、こんな計画で。実行はすべて俺の方で計画するよ。
　あんたたちは、本多と市川を誘い出してくれたらいいよ。ばれてもせいぜい教唆の罪くらいかな。
　でも、それなりの報酬をいただかないとだめだよ。特に、うちの若い者を使うんだからな。まあ、車の手配にだがな。
　どうだい、こんな計画で。―― 

　さすが、裏街道に精通した総会屋のことだ。うまく計画されている。
　大下社長と桜井室長は、話を聞いて賛同した。
「わかった、よく考えてるなあ。あとは、君に任そう。報酬は十分に出すよ。宜しく頼むよ」
　彼らの計画はできた。あとは実行のみだ。
　しかし、これで、彼らが別の尻尾を握られたことにも気づかずに。今までよりも、ひどく絞られることになるとも知らずに。 

＊ 

　本多が名古屋へ転勤して、しばらくしてからだった。東京の本社の社長室長の桜井から電話があった。
「ああ、俺だ、桜井だ。いま、微妙な話をしても、いいかな。近くにはだれもいないかい？」
「ええ、大丈夫です、今、わたし、一人です。大丈夫です。なんでしょうか？」
「実はね、うちの社長が、一連のことにやっとケリをつける気になったみたいだ。きみ、来週のはじめ、支店長に内証で二、三日こっちへ来れるかい？　
　そうだな、火、水、木曜日がいいな。自宅へは帰らず、池袋あたりでビジネスホテルに宿泊してくれ。火曜日の夕方、いつもの事務所で会おう。どうだね、行けるかい？」
「わかりました、火曜日の夕方、事務所へ行きます。無断欠勤になりますけどね。言われた通りにします。そうですか、社長もやっと心が変わりましたか。よかったですね」