第二章　もう一つの惨劇

　池袋の事件と同じころ、山梨県韮崎市の新府城址公園で絞殺死体が発見された。
　信玄は「人は石垣、人は堀」の歌で知られるように、領国内に城は構えず、人心収攬こそ最大の防御、という信念を持っていたが、天正十年前後の情勢では、要害堅固な城を構えざるを得なくなっていたのだ。
　新府城は名門・甲斐武田氏の最期の城。武田勝頼が築いた城なのだ。
　この城は長篠の戦で敗れた武田勝頼が迫りくる織田･徳川軍を迎え撃つため、居城の甲府・躑躅ヶ崎館をでて気づいた難攻不落の城という。しかし、勝頼は身内の裏切りで敗走、その生涯を終えるのだ。かれはこの城には６０日しかいなかったという。
　新府城が立地する七里岩は、八ヶ岳の山体崩壊にともなう岩屑流が、西と東側を流れる釜無川と塩川の侵食によって形成された台地で、西側の断崖絶壁は韮崎から長野県の蔦木（諏訪郡富士見町）まで約３０キロメートル続き、奇観を呈している。

　発見したのは、京都からやって来た悪丸君の一行だった。かれらは歴史好きで旅好きで、あちこちうろつきまわっている仲間で、武田信玄の居城や武田神社を散策し、御座石鉱泉へ行く途中だった。
　途中で、武田勝頼の悲劇の新府城址へ立ち寄ったのだ。
　城跡の上り口の前の狭い場所に車を止めて散策する。石段が何段あるのか。はるか頭上に鳥居が見える。
「おい、結構な階段だよ。しんどそうだな。でも、せっかく来たんだ。まあ、行ってみよう」
　あえぎながら登りきると藤武稲荷神社がある。
　付近は公園になっていて勝頼を祀った勝頼公霊社や長篠の戦で死んだ武田の武将を祀った塚がある。
　階段を上ると、そこは気持ちのいい公園だった。
「いいな、来てよかった。いい公園だ」
　しばらくうろうろしているうちに、仲間の一人がびっくりした声を上げた。
「おい、あれはなんだ？　人が倒れてるぞ」
　新府城址の勝頼公霊社の裏で死体を発見したのだった。
　彼らはとりあえず、１１０番に電話した。
「もしもし、新府城址の中で、人が死んでいます。すぐ来てください」
「わかりました。すぐ行きます。現場を荒らさないように気をつけて下さい」