池袋署では打つ手もなくなってしまった。迷宮入りか。
　ひき逃げ事件に見せかけた強盗殺人事件か？　と事件を報じるテレビや新聞にも反応がない。鯖街道の女についても情報を求める報道があったが、それにも全く情報がない。
　とにかく、警視庁に行方不明人の情報を求めて、照会したのだった。それしかとりあえずの手段はなかった。

　それから数週間、やっと情報が入った。
　愛知県警からの行方不明捜査の依頼があることが判明したのだ。
　どうやら、Ｎ物産の名古屋支店の人間がこのところ行方不明になっているようだった。

　神奈川県警からも行方不明捜査の依頼があることもわかった。Ｎ物産の名古屋支店からの連絡で、横浜の妻が捜索届を出したのだった。
　さっそく、池袋署では、名古屋のＮ物産と横浜の行方不明者捜索の依頼人に連絡した。
　池袋署から連絡を受けたＮ物産名古屋支店から営業部長と、横浜から男の妻がやって来た。二人は被害者を本多と確認した。妻は泣き崩れて、遺体にしがみついた。
　男は中堅のＮ物産の名古屋支店の営業担当らしい。しばらく前から無断欠勤していたらしい。男は名古屋市内のマンションに単身赴任していた。
　しかし、写真の女性、「鯖街道の女」は男の妻ではなかった。
　写真を見た妻は、露骨に嫌な顔をして、「こんな人、知らない」と言った。
「ひょっとしたら、不倫の相手かも。最近、薄々感じてたから。でもよくわからない」
と言うのだった。夫婦の家は横浜市にある。本多は毎週金曜日の夜には帰って来ていたらしい。でも、ほとんど家にはいなかった。
　帰省しても、しょっちゅう、出かけていたようだ。
　なにか、秘密の仕事をしていたようだった。それとも、不倫か？　この一年ほど、夫の行動に不審な点、女の匂いがしてたらしい。女の勘か。
　営業部長は、本多が最近転勤してきたばかりで、仕事以外のことはほとんどわからないというのだった。
　支店での勤務状態も悪くなかった。名古屋には単身赴任中だったのだ。ただ、今回、初めて無断欠勤したらしい。三日ほど出勤しないので、横浜の妻に連絡をしたのだ。でも、消息が分からない。仕方なく、警察に行方不明者捜索の届け出をしたのだった。
　でも、横浜に家がありながら、どうして池袋のビジネスホテルに宿泊するのか？
　さっぱり事情は分からない。
　本社は東京・新宿にある。被害者の以前の勤務先を聞きだした、捜査本部は捜査員をＮ物産に調査に派遣した。
　対応したのは社長室長の桜井という男だった。

　――東京本社における彼の勤務態度は取り立てて言うことはないよ。会社全体のことの手伝いみたいなことをしていてくれたのだが、もう少し、現場のことをもっと知ってほしい。もっと経験を積んでほしいと、名古屋へ転勤させたとのことだった―― 

　社長室長の説明に特に不審な点もなかった。

　横浜であった男の葬儀にも数人の刑事を派遣して、それとなく参列者をさぐったが、特に不審な点はなく、捜査は滞ってしまったのだ。
　写真の女、「鯖街道の女」との関係は？
　鯖街道って、福井県小浜から京都までの路だ。捜査本部は福井県警と京都府警にも写真を送って、女の情報がないか、調査を依頼した。しかし、事件でも起きていない限り、たった一枚の写真で女が特定できるはずもなかった。依頼を受けた警察も面食らったに違いない。
　こうして池袋の事件は迷宮入りとなってしまった。