プロローグ 

　ここは舞鶴市・五老ケ岳公園、五老スカイタワーのそば、遊歩道を寄り添って歩いている二人だった。ここから見る舞鶴湾がきれいだ。
　ここへは結構、くねくねした山道を走るのだ。目の前には五老スカイタワーがそびえている。リアス式の舞鶴湾を望む景色は絶景だね。
　惜しむらくは少し霞んでいる。遊歩道もある。二人で遊歩道を散策するのだった。ここは散策にもってこいだ。あまり人もいないのだ。
　山の空気もうまい。あちこち、野花も咲いている。
「いいねえ、舞鶴湾は。こんなにいいとは知らなかった。きれいだね」
「そうね。素晴らしいわ。歩いていて、気持ちいいわ」
　二人は五老岳の遊歩道を歩き回った。

　まあ、この公園はいいところだったね。

＊ 

　二人は新宿の居酒屋で知り合ったのだった。女が友人としゃべり合っているところへ、男が仲間といっしょにやって来た。週末で店は混雑していた。
　男がきょろきょろしながら近づいてきた。
「あ、すみません、ここ、相席してもいいですか？」
「どうぞ、どうぞ」愛想よく返す女だった。
　そして、言葉を交わしたことから、知り合ったのだった。話してるうちに、二人の郷里が同じ滋賀県ということで急速に親しくなったのだった。
　男の出身は彦根市、女の故郷は長浜市だったのだ。
「僕の故郷は彦根なんだ。国宝の彦根城の近くなんだ。いいところだよ。でも、今は誰も住んでいないけどね。
「そうなの、わたしの田舎は長浜なのよ。長浜城から車で十分くらい。いまは母が一人住んでるわ」
「へえ、同じ滋賀県で、おまけに城繋がりなんだ。よろしくね」

　男の名は本多幸雄といった。中堅のＮ物産の社員だった。社長室に勤務しているのだった。
　男は三十八歳、彼には妻子もいる。
　女は二十八歳、独身だった。
　女は江藤美樹といって新宿のＫ書房の事務員だった。
　その日は特に何ごともなく、携帯の電話番号を交換して別れたのだった。
　そして、翌週末、男の方から電話があり、二人はデートするようになった。
　そして、そこから急速に親しくなったのだった。
　そして定期的に会うようになったのだった。

＊ 

　今日、二人が舞鶴に来たのは男の強い希望だった。
　舞鶴は東京からはけっこう遠い。京都まで新幹線、そこから在来線の特急がいちばん早い。それでも四時間近くかかる。
　二人は朝、九時前に東京を出発して、午後一時ごろに着いた。そして、駅前でレンタカーを借りて五郎岳公園へやって来たのだ。
　舞鶴湾を眺めながら、男が言うのだった。「実はね、ぼくは、舞鶴には一度、どうしても来たかったんだ。ここには満州からの引揚記念館があるんだ。実は僕の祖父は満州からの引揚げ者なんだ。一度、来てみたかったんだ。祖父の苦労した過去を、この眼で見たかったんだよ。そして、もう一つ、鯖街道を歩いてみたかったんだ。明日は鯖街道へ一緒に行こうね」
「いいわ、鯖街道って、とても興味あるわ。でもお爺さんが引揚者だったの？　きっと苦労されたんでしょうね」
「うん、苦労したみたいだね。そして祖父はここから彦根へ移住したんだ。もともと、そこが故郷だったらしいからね。まあ、今は誰も住んでいないがね。
　そうそう、それからいま、君に言っておきたいことがあるんだ。
　僕は来月、名古屋支店に転勤になるんだよ。まあ、左遷みたいなものだね。だから、しばらく会えなくなるかもしれない。だから、いま、君に渡しておきたいものがあるんだ」
　そしてポケットからきれいなネックレスを取り出した。
「美樹ちゃん、これを君にプレゼントするよ。なにがあっても大事にしておいてくれ。もし、僕に何かが起こったら、きっとこれが役に立つから。きみしか託す人はいないんだ」
「え、何かあったらって！　何なのよ、それ」
「いや、もしもってことだよ。心配いらないよ。でも、東京と名古屋を行ったり来たりすることが多くなるんだ。多分、しばらく会えないよ」