こんなんじゃ「日本紀行」へ提出するルポなんか書けやしない。どうしよう。
　しかし、始めた調査はやらなければならない。 

　東京へ帰った次の朝、朝見は今度は亀岡文殊へ向かった。米沢までは。山形新幹線で二時間ちょっとだ。米沢警察署で亀岡文殊の付近で変事がなかったか聞き込むが、何もない。消防署の救急隊にも聞き込むが、何にもない。どうしよう。
とにかく現地へ行ってみよう。
　朝見はとりあえず高畠駅まで電車で行った。十二分程度だ。ここからタクシーで亀岡文殊へと向かった。
　亀岡文殊、ここもいい所だ。文殊菩薩の付近をあてどもなく歩き回った。疲れ切って近くの休憩所で休憩した。さあ、これからどうしようと思案しているところに、隣の二人連れの話が耳に入った。
「この間、おもしろいことがあってな、この先の薬師堂のところで、深夜、寝てるやつがいたんだ。おかしいなあと思って、しばらくして戻ってみたら、いなかった。
　道路に出てみたら、ふらふらしながら歩いてたよ。警察へ電話しようかと思ったけど、いつの間にかいなくなっちゃった」

　これくらいが亀岡文殊での変事だった。
　ああ、やっぱり、ここでもなにかあったんだ。異変はこれだな。
　でも、詳細はわからないが。 

　　　　　＊ 

　東京へ帰った朝見は、石井健一と接触することにした。
　亀岡文殊、桜井の文殊堂と調査に回ったが、特に情報は得られなかった。大分・国東の事件のことは知っている。宮津の事件も、神田さんの情報で知っている。「文殊の呪い」と麻生氏殺害事件、どうつながるのか。
　あとは麻生氏の息子の石井健一しか手がかりはない。
　しばし、思案した後、石井と連絡をとることにした。
　Ｋ出版に電話した。
「もしもし、石井さん。私は朝見と言います。あなたと同じく、《噂の情報》の事件の真実を求めているものです。一度お会いして、お話をしたいのですが。どうでしょう、石井さん、近く、お会いできませんか。わたしのことなら、お宅の常務さんにお聞きになれば決して怪しいものではないことがわかります。お返事ください」
　しばらくして石井から電話があった。
　明日の午後ならいいよとのことだった。朝見は石井も知っている、いつも行く平塚亭を指定して電話を切った。

　翌日の午後、早めに行って待つ朝見だった。

　やがて平塚亭へ現れた石井はかなりやつれていた。平塚亭でいつも頼む団子を食べる間もほとんど口を利かなかった。
　やがて、石井が言った。
「ここでは何ですから、もっと話ができる静かな人のいないところへ行きましょう」
　そこで二人は隣の平塚神社の裏山に登った。ここなら邪魔は入らないだろう。
　石井はすで覚悟を決めているようだった。
「朝見さんはどうしてこの件に首を突っ込んだんですか」
「ぼくはルポの仕事で行った、大分・国東の文殊仙寺で、偶然、現地の警察の方と会って、知ったんですよ。それから宮津での事件も第一発見者の知人からききました｣
「朝見さんが、雑誌記者として活動していて、一方では名探偵と評判の高い、正義の方だと聞いています。ここまで来たら、もう、どうしようもないですね。私の知ってることをすべてお話ししましょう」