その後、長門市街に戻り、さっそく、小池に連絡をとった。
「私は以前、一緒に仕事をしていた麻生の息子ですが、一度お会いしたいんです。《週間マンデー》の安倍社長に小池さんの現況を教えていただきました、父の事件の情報を知りたいのですが。いかがでしょう。それと枝野さんと河野さんの消息も知りたいのですが」
　こんな電話があるなんて、夢にも思わなかった小池は動揺した。
　あの事件からもう、十年ほどたっているのだ。すっかり頭の中から消えていた小池だった。

　麻生の息子がどの程度知っているのか、ひょっとしたら麻生と仲が良かった河野がなんらかの事情を教えていたのか？　
　とにかくここまで追跡されてきた以上、あまり無碍にもできない。
　警察沙汰になることは絶対に避けねばならない。
　そこで一度会うことにした。
「わかった、会おう。いつ、どこで？」
「出来たら、父の行きたかった国東の文殊仙寺でどうですか。父の供養にもなりますし。明日にでも。豊後高田の昭和の町でお待ちしています。昭和ロマン蔵の前で。《週間マンデー》の雑誌を持っていきますから。枝野さんと河野さんの資料もよろしく｣
「わかった、明日、電車で行く。多分、到着するのはお昼ごろだろう。途中で電話するよ」

　長門からはけっこう不便なのだ。長門駅を朝８時前の電車に乗り、厚狭で山陽線に乗り換え、小倉から日豊線に乗り換える。宇佐に着くのは十一前だ。
　昭和の街は、江戸時代から昭和３０年にかけて国東半島で一番活気のあった 町、豊後高田。平成１３年に商店街が全盛期だった昭和３０年代の街並みををよみがえらせようとまちづくりに取り組んだのだ。大分県の大金持ち”野村財閥”が昭和一〇年前後に米蔵として建てた旧高田農業倉庫（昭和ロマン蔵）がいい。中には「昭和の夢三丁目館｣、「駄菓子屋の博物館｣、「昭和の絵本美術館」があり昭和の時代を楽しむことができます。レトロカーの展示もあるのだ。

　石井はその日の午後の電車で小倉へ出て、日豊線で宇佐へ出た。もう、夕方だった。宿をとり、翌日はレンタカーを借りて準備を整えたのだった。
　小池は家人に大分・国東の「文殊仙寺｣とその付近の写真を撮りに行くと言い残して、ＪＲで出発したのだった。宇佐についてからバスで豊後高田へ行く。１５分ほどだ。
　昭和の街もいい、楽しいところだ。昭和初期の風情がムンムンしている。昭和ロマン蔵で会ってから二人は、車で文殊仙寺へと向かった。 

　途中、青宇田画像石を見に立ち寄る。犬に吠えられながら石段を登る。
　崖には阿弥陀如来像、板石状の仁王さんもある。収納庫の扉を恐る恐る開けると、あった。画像石だ。平たい石に線状の絵が彫ってある。
　よく見ないと分からないが、なかなかのものだ。南北朝時代の末期（１３９０年頃）に当時の浄土教の教えを絵巻物風に、板状の石に線刻したもので、地獄や極楽のさまを板石数十枚にわたって線彫りしているという点で、全国的に例がなく、大変貴重なものだそうだ。まったく、国東半島にはこんな国宝級（？）のものがあちこちに転がっている。