捜査を開始した宮津署だったが、捜査ははかばかしくない。
　死因は溺死。大量のアルコールが体内から検出された。被害者は持っていた運転免許証から兵庫県・姫路市の住人、枝野慎太郎だった。
　怨恨かと調査するが、地元での評判も良く、怨恨の線は見つからない。物取りか、財布には十数万円残っている。物取りでもなさそう。泥酔したうえでの事故死か？
　そもそも、天橋立までどうやって来たのか、足取りもつかめない。一人で来たのか、だれかといっしょにきたのか？
　死因は溺死なのだ。どうやら飲み過ぎて散策するうちに、そばの海で溺死したようだった。
　近くを捜索するうちに、鈴木は、死体のそばの岩見重太郎の碑に一枚の紙きれをみつけた。そこには『文殊の祟り』と一言あった。
　おいおい、これは何だい。文殊と関係あるのか。怨恨なのか？
　近くの文殊堂となにか関係あるのか？
　いぶかる鈴木巡査部長だった。
「神田さん、なんか心当たりはありませんか。いつもこの道を通っているんでしょう？」
「ありませんよ。なんにも」
　とりあえず、不審死として、周囲の聞き込みを続けるうちに、籠神社近くの旅館から連絡があった。
　旅館の駐車場に車が乗り捨ててある。どうやら一昨日宿泊したお客さんの車らしい。さっそく出向いた鈴木部長刑事だった。
　旅館の話では一昨日、宿泊したようだった。
車で来て、天橋立の観光船で文殊へ行ったらしい。
昨夜、旅館の近くの居酒屋で、なにやらぼやきながら、一人でたくさん酒を飲んでたようだ。仲間がいた形跡はない。
　遺品のカメラには、知恩寺界隈の写真が残っていた。知恩寺や知恵の輪などの写真が。
しかし、それだけだ。天橋立へ来たことは分かっている。
しかし、何の目的で？
　どうやら枝野氏は文殊菩薩にかなりな興味を持っていたようだ。
周囲に時々文殊菩薩のことを話していたことがあった。今回も知恩寺を詣でたらしい。
　知恩寺は日本三文殊のひとつで通称切戸（又は九世戸）の文殊堂として知られている文殊菩薩の霊場なのだ。智恵を授かる文殊さんとして有名で、受験や資格試験などの受験生やその御家族がお参りに来る。
　日本の国土創生の時、この地で暴れていた悪龍を鎮めるため中国から智恵第一の仏様で、龍神の導師である文殊菩薩を招請され、悪龍を教化されたと伝えられているのだ。

　しかし、捜査は行き詰ってしまったのだった。
　事故死か？　怨恨か？　物取りか？
　連絡を受けてやって来た遺族も、何も知らなかった。宮津へ行くことは聞いたけど、その目的や、同行者等も、何も知らなかった。
　なかなか捜査が進展しないので、第一発見者たる神田綾香は気になってしょうがなかった。このままでは、市役所観光課の業務にも支障が出そうだ。
　そして、以前知合った朝見充彦に相談をかけたのだった。