「さあ、着きましたよ。早速行きましょう｣
　広い駐車場に止め、仁王門をくぐり、けっこう高い石段を登る。左右には芭蕉の句碑や石仏が並んでいる。
　風情のある風景だ。本堂、いいね。裏手に回ると知恵の水、利根水が湧いている。
ちょっと呑んだけど、果たして少しは知恵の回りがよくなったかな。
　こうして二人は文殊堂を巡り、堪能した。
「いいなあ、亀岡文殊は。いちど、君のお父さんと一緒に来てみたかったなあ。でも、これで君のお父さんのいい供養になったよ」
　麻生社長への謀略の詳細を知らない河野はしみじみと思ったのだった。

そこが枝野と小池との違いだったのだ。
　それは石井にも感じられた。
「河野さん、よくお付き合いしていただきました。父も、亡くなった母も喜んでるでしょう」
　小一時間ほど、境内を散策、充分に堪能した。

「さあ、会津若松へ向かいましょう」
　走っているうちに大きなダムがあった。日中ダムと表示されている。
「ここ、何でしょう。日中ダムなんて、中国となんか関係あるんですかねえ、ちょっと寄っていきますか？」
「さあ、よくわからないけど。行ってみよう」
　空いている駐車場へ立ち寄って、二人は休憩した。
　ここは、何もない所だった。駐車場だけはある。
　何にもないけどいい雰囲気のダムだ。観光用に少しは開発したらどうなんだい。
　それとも需要がないのか。
「河野さん、どうです、喉が渇いたでしょう。お茶でもいかかですか」
「いただきます」
　呑んだお茶には睡眠薬が入っていたのだ。
　やがて、少し朦朧としてきた河野氏の耳に石井の声が空ろに響く。
「河野さん、九州・大分の文殊堂で死んだ人のこと聞いてますか。多分、ご存じないと思うけど、あの小池さんですよ、そこで死んでた人は。文殊の祟りだったみたいですよ」
「…………」
「でも、あなたは父への謀略に反対してたらしいですね、僕は少しうれしいですよ｣
「…………」
「でも、今日のことは誰にも言っちゃだめですよ。他人に言ったら文殊の祟りが復活しますよ。そんなことは望まないでしょう」
「…………」
　その言葉を聞きながら、河野氏は意識を失った。