第三章　山形県　亀岡文殊

　河野隆は《噂の情報》社を辞めてから、仙台に住んでいた。麻生社長の一件で、心を痛めながら、どうにもできずに暮らしていた。ここ、仙台は彼の生まれ故郷だった。
　東日本大震災の影響も、ここ仙台では沿海部を除いてあまり大きくはなく、復旧は迅速に進んだのだった。
　彼は仙台市で小さな本屋さんを営んでいた。大して利益を上げる必要もなく、のんびり暮らしていたのだった。
　仙台は並木がいい。大きな並木だ。仙台駅からの大通りを歩くだけで気持ちがいい。大阪なんかよりも木が大きく、緑豊かでいい街だ。大阪や京都もいいが、仙台もいい街だと思う。ただし、冬の寒さはたまらんだろうな。
　そこへ、石井と名乗る若い男から電話がかかってきた。

「もしもし、突然電話して恐縮ですが、私は、以前、《噂の情報》という会社を経営していた麻生の息子です。事情があって今は石井と変わっていますが。お聞きでしょうが、父が文殊菩薩を崇拝していたことを。今日は当時のお仲間の皆さんと一緒に父の弔い方々、いっしょに文殊へ行きたいと思いまして、お誘いに参りました。河野さんのところから一番近いのは亀岡文殊ですね。よろしければ、亀岡文殊へ行きたいと思うのですが、いかがでしょう？　その後、会津若松で宿泊しましょう。すぐにはお返事できないでしょうから、明日またお電話します」
　いったんは電話を切った河野だった。
　麻生のことを久しぶりに思い出す。麻生の悲劇の詳細はよく知らない河野だったが、桜井署での奥さんの泣き顔、葬儀の時の息子の顔を思い出した。
　そうだ、俺は遺族にそれとなく、麻生の悲劇の一因を知らせたんだった。
　あの時の息子か！
　でも、枝野と小池の消息はよくは知らないのだった。
　翌日、再び電話があった。
「河野さん、石井です。お考えはまとまりましたか？」
「やあ、麻生さんの息子さんの健一さんかね。よく、自分の住所がわかりましたなあ」
「ええ、以前、河野さんから、母にいただいた当時のお手紙に住所がありました。それに実は私、Ｋ出版に勤めてまして、《週間マンデー》の安倍さんとも知り合いなんです。彼から小池さんを通じて河野さんの現況を知りました」
　いったんは不審に思った河野氏だったが、相手の誠実な物言いと元社長の息子ということと、麻生氏の事件の心の痛みから承諾したのだった。
「わかりました。私も一度文殊へ行ってみたかったんです。お供しましょう」
「ありがとうございます。それじゃ、青葉城址公園の伊達政宗の銅像の前で会うことにしましょう。私は《週間マンデー》の雑誌を持っていきます｣
　二日後の午前九時と指定した。青葉城址公園の伊達政宗の銅像の前で会うことにして電話を切ったのだった。

　二日後、彼らは青葉城址公園で出会った。政宗の像のそばから見る仙台市内はいいね。　ここから若い男のレンタカーで出発した。
　河野には麻生の息子はすぐわかった。小さいころの面影がある。