ここから、文殊仙寺へ行った。文殊仙寺は大分県国東市国東町大字大恩寺にあり、三大文殊ともいわれている秘境だ。
　参道の入口には仁王像が立ち、長い石段を登ったところに山門、客殿（不動堂）、鐘楼や、日本一大きいとされる高さ約９ｍの宝篋印塔がある。境内からは晴天の日には愛媛県、山口県が見え、瀬戸内海を行き来する船舶の姿まで肉眼で確認することもできる。
　さらに進むと本尊の文殊菩薩が安置される本殿奥の院文殊堂があり、飲むと智恵が授かるとされる「智恵の水」が岩窟から湧出している。本尊は高さ約３０Ｃｍの金銅仏で、秘仏とされ、第二次世界大戦前は３３年に一度、戦後は文殊菩薩が卯年生まれの守護仏とされることから、１２年ごとの卯年の春の大祭の際に開帳される。
　境内および付近の奇岩の風景は耶馬渓になぞらえて文殊耶馬と呼ばれ、春は桜、秋は紅葉の名所にもなっている。
また、文殊仙寺境内を中心とした『文殊耶馬』が国の名勝に指定されている。
　駐車場から高い階段がつづいている。

仁王さんを見ながら石段を昇りつめて文殊堂を覗いた。いいね、この文殊は。
　そこの脇の宝篋印塔のところでうろうろしている一人の男がいた。
その男が声をかけてきた。
「あれ、朝見さんじゃないですか、こんなところでどうして？」
「あれ、財前さん！　今日、僕は六郷満山のルポなんですよ」
　やあ、以前大分・姫島村での事件でお世話になった国東署の財前警部補だった。　

今も国東警察署にいるという。
「いやあ、実はね、この宝篋印塔の横で、殺人事件がありましてね。捜査がはかどらず、見落としがないかなと、もう一度現場を確認しに来てたんですよ。変な事件でしてね。死体のポケットには『文殊の呪い』と書いた紙が入ってましてね。ちょうど、いい所で朝見さんとお会いしましたね。お忙しくなければ、ちょっと署へ来て、知恵を貸してくれませんか？」

　話を聞いて、一気に事件への興味が湧いた朝見だった。
　しかも、姫島の事件で世話になった財前警部補の願いとあらば断われない。
　しかし、取材はまだ半分くらいだ。朝見は今日のうちにほとんどの取材を終えて、今夜は海岸近くに宿泊し、白砂青松の海岸を散策する予定だった。
「今日はまだ取材の途中なので、明日、午後にお伺いします」
　そう言ってとりあえず別れたのだ。おいおい、また事件に巻き込まれるのかい？