第二章　九州大分・文殊仙寺

　中原中也をルポする山口県での旅から帰った朝見はこのところ少し暇を持て余して鬱な気分でいた。独身連盟の友が結婚することになったのもその一因だ。
　この先、どういう生活を送ったらいいのか、よく自分でもわからなかったのだ。
　暇を持て余していた朝見のところに、「日本紀行」の黒川編集長から電話があった。
「朝見ちゃん、暇だろう。ちょっと九州まで行ってくれないか？　九州・大分・国東半島にまつわる六郷満山めぐりが人気らしい。六郷満山開山１３００年らしい。
「鬼が仏になった里・国東」ということだ。ぜひ、ルポにまとめてほしいんだけど」
　黒川編集長の言うには、
『六郷満山文化は八幡信仰と天台修験が融合し発達した国東半島独自の宗教文化なのだ。その後時代が下るにつれ、鎌倉仏教系、禅宗系、浄土真宗系寺院への転向や建立がなされ、独特の伝統行事や習俗文化が育まれ、今に引き継がれている。国宝の富貴寺大堂に代表される平安建築や、熊野磨崖仏をはじめ、六郷満山文化が最盛期だった平安時代の古仏や石窟など石造美術も多く遺る。
　また国東半島のほぼ中央に位置する文殊山の東北側の中腹には文殊仙寺がある。日本三文殊のひとつに数えられるのだ。また、寺では「三人寄れば文殊の知恵」の発祥の地と称している」そうだ。おまけに日本遺産にもなってるし」
「編集長、よく知ってますね。でも、そんなほとんどの情報はすでにいろんな雑誌で紹介されてるじゃないですか。いまさら取材してどうするんですか？」
「いや、実はこれは読者からの情報なんだ。国東の出身で、京都に住んでいる悪丸君という人からの情報なんだ。いい温泉宿も紹介してくれてるよ。
　まあ、メジャーな情報は巷にあふれているよ。あまり知られていない、しかし、貴重な情報がいいよ。まあ、そこらが朝見ちゃんの腕の見せ所だよ。独特の切り口でまとめてよ。たとえばマイナーな場所に光を当てるとかさ」
「わかりました。面白そうですね、いいですよ。明日お伺いします」

　翌日、「日本紀行」へ顔を出した、朝見は悪丸君からの情報を見た。
「なんだ、黒川さん、これ、よくまとまってるじゃない。僕の出る幕はないようですね」
「いやいや、朝見ちゃん、そこに君の出番があるんだよ。独自の切り口でまとめてよ。たぶん、出張日数も稼げるしね」
　そうか、それが最大の目的か。まあ、いいや。ちょうど暇だった朝見は承諾して、大分へ向かった。

　　　　　 ＊

 大分は以前、取材で行ったことがある。でも、その時はルポの中心は姫島だった。ああ、そこで事件に巻きこまれたんだなあ。久しぶりだね。国東半島といってもけっこう広い。どう廻ろうか。とにかく行ってからの状況次第だ。まあ、二泊三日くらいかな。
　快晴のなか、大分空港まで飛んだ。最近は飛行機を使うことも多くなっている。いい天気だ。空港でレンタカーを借りて、国東半島の中央部のあかね温泉へと向かうのだ。
　レンタカーの係員から、国東半島のどこ辺を走るのか知りませんが、大きい車は大変ですよ。小さい車のほうがいいですよ。と勧められた朝見はヴィッツを予約したのだった。
　そういえば、悪丸君は、キューブで廻ったみたいだ。