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　事件の起きる数ヵ月前、《噂の情報》社で経営会議があった。出席者は社長の麻生一郎、専務の枝野慎太郎、常務の小池雄二、経理担当の河野隆の三人だった。会社は彼ら四人で運営されているのだった。しかし、社長の麻生は独裁者で、ほとんどすべてのことが、かれの一言で決まるのであった。部下たちにはあまり評判がよくない。
　特に枝野と小池には面白くなかった。かれらの企画はほとんど、社長の一言で潰されるのだった。
　不満を募らせる毎日だった。
　事業はまあまあの業績であったが、席上、麻生が提言した。
「経理の河野君の説明のように、今は、わが社も順調だが、将来は判らない。そこで経営陣たる我々四人にそれぞれ多額の保険をかけることにした。掛け金は会社持ち。受取人は会社だ、いいね。何があっても会社は守らねばならない。河野君、すぐに進めてくれたまえ」
　三人には異議を唱える余裕もなかった。
「それから、最近、私は文殊菩薩を信仰しているんだ。日本には三大文殊と自称している文殊菩薩が四ヵ所ある。奈良の安倍文殊、大分・国東の文殊仙寺、山形の亀岡文殊、宮津の知恩寺だ。ちょうど、われわれも四人だ。いつか時期を見て四人で行こうじゃないか。その時はよろしく」

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 　しかし、会社の経営に関して、社長の麻生と他の三人との軋轢が増すばかりであった。
　三人は集まって、それぞれの考えを披露するのだった。それまでにも不満はあったのだが、全員に生命保険を掛けようという麻生の提案が引き金だった。多額のお金を手にする絶好の機会なのだ。
　上手くやれば自分たちに嫌疑がかからずお金が手にいる。
　三人のうちで、一番強硬なのが枝野、次が小池だった。三人目の河野は麻生氏の排除には反対だったが、あまり反対すれば、自分にとばっちりが来そうで、やむなく賛成したのだった。
　枝野は、「三人よれば文殊の知恵って言うじゃない」といって話を締めくくった。
　実際どうすればいいのか、しばらく考えよう、といって散会したのだった。

　しかし、実際にどうするか、なかなかいい考えが浮かばなかった。
　思案にくれる枝野だった。そこへ電話が鳴る。
「ちょっと、変な人が社長に合わせろって怒鳴っています。どうしましょう」
　受付の女子社員だった。

「社長は、今日は出かけてるって、言えよ」
「そう、言ったんですが、言うこと聞かないんですよ」
「よし、俺が合おう」
　枝野のもとにやって来たのは、見るからに粗暴な男だった。
　男は、山田哲也という元タレントだった。《噂の情報》で女性タレントとのゴシップを暴かれて、評判を落とし、最近はさっぱり売れなくなっていたのだった。
　応対に出た枝野に向かって、山田は机を叩いて、いきまくのだった。
「やいやい、この俺をどうしてくれるんだ、ありもしない記事を仕立てて、おれの生活をめちゃくちゃにしおって。どうしてくれるんだ。お前たち、経営者たちもどうなるかわかったもんじゃないぞ。《噂の情報》を訴えて仕事もできないようにしてやるぞ」
　いきり立つ山田をなだめるうちに枝野の頭に、一つのアイデアが浮かんだ。
　そうか、この男を利用すれば、何とかなるか。けっこう粗野な男みたいだし、ぴったりだな。
「山田さん、わかった、あなたの言うことはよくわかった。でも、ちょっと待ってくれ、来週また来てくれないか！　それまでに弊社の意向を決めておく。決して悪い方向にはしないよ」
　いったんは帰ってもらった枝野だったが、小池と相談するのだった。 

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