彼らは、現場を歩き回り、署内をうろうろして何らかの情報を得るのに必死だった。
　しかし、彼らの望むような情報は手に入らなかった。

＊

　安倍文殊での死体発見の翌々日、大津市の琵琶湖畔、唐崎の一本松の近くで、水死体が発見された
　発見された男は、東京の山田哲也という男性だった。
　大津署で捜査したが、どうやら、夜なかに泥酔して溺死したらしい。所持品から近江八景の資料が出てきた。どうやら、近江八景を散策するつもりだったらしい。
　近くの監視カメラにも大した情報はなかった。唐崎の駅近くでうろうろしている姿と、唐崎の松へと向かう姿があっただけだった。
　そして事故死として処理されてしまった。免許証の自宅に連絡しても、連絡はつかない。携帯も持っていない。県警から警視庁へと捜査を依頼したが、男に身寄りはなく、遺体の引きとり手もない。
　大津市は無縁仏として処理してしまった。

　警視庁での捜査の結果、死んだ山田哲也は、もとはけっこう売れていたタレントだった。《噂の情報》社でのゴシップ記事で女性タレントとのゴシップを暴かれて、評判を落とし、最近はさっぱり売れなくなっていたのだった。
　しかし、現在はタレント活動もなく、東京ですさんだ生活をしていたらしい。山田は芸名を山川哲治と言って、けっこう名前の売れたタレントだったのだが、東京でのすさんだ生活で、すっかり面影が変わり、だれもあの彼か！　とは思わなくなっていた。
　結局、捜査はそのままになってしまった。携帯電話は見つからなかった。自宅のパソコンにもそれらしい通話履歴はなかった。
　大津署では、記者会見で、それまでの情報を発表し、捜査は終結・事故死扱いとなった。

　一方、奈良県警と桜井署は《噂の情報》でのゴシップ記事の被害者というか、当事者を中心に状況をさぐった。いわゆる被害者たちは、みな、《噂の情報》の仕打ちに怒っていたが、それだけだった。ただ、一人だけ連絡が取れない男がいた。
　山川哲也という元タレントだった。さらに捜査を進めていくと、なんと、滋賀県で死んでいて、無縁仏として処理されていた。
　捜査本部は色めき立って捜査に邁進した。
　《噂の情報》社長殺人事件と、情報の被害者である元タレントが結びついたのだ。
　元タレントということがなかったら、琵琶湖での事故を結びつけることはなかっただろう。事故は山田には不運で、捜査陣には幸運だったのだろう。
　しかし、この二つを結びつける証拠は乏しかった。共通点は《噂の情報》のゴシップ記事だけだ。《噂の情報》のゴシップ記事の関連で、どうやらこの二つの事件は結びついた。

　マスコミも飛びついた。桜井署は出入りするマスコミで混雑するのだった。
　これは怨恨による復讐事件かと、県警は想定し、精力的に捜査を開始した。

　当日、奈良で有名歌手のコンサートが開催されていた。どうも、この歌手にはゴシップの噂が付きまとっていた。この歌手のコンサートが主目的だったらしい。
　しかし、麻生がコンサートを観劇したという痕跡はなかった。
　どうやら、山田がどこかで麻生氏と接触し、氏を殺害したのだろう。捜査は遅々として進まなかった。
　また、被害者についても、調査が進んだ。

　東京へ出張した捜査員は、《噂の情報》社へ赴き、専務の枝野、常務の小池と面談した。事情聴取の結果、評判の悪い《噂の情報》社の経営者、麻生一郎は共同経営者の三人と、お互いに多額の保険をかけていたことが判った。受取人は会社だった。
　そして、この経営者は文殊菩薩に傾倒していて、四人が文殊のように協力して経営しようと、つねづね言っていた。いつか四人で三大文殊へ参拝しようと語り合っていた。
　今回も安倍文殊へ参拝したのか？　多分そうだろう。
　しかし、多額の保険金のこともある。三人には十分な動機があると思えた。
　共同経営の三人にも容疑がかかった。しかし、三人と山田との共謀を示す証拠はなかった。
　かえって、山田が《噂の情報》を恐喝していたことが判った。山田の単独犯行か？　それとも、両者が共謀して犯行を計画したのか？　その証拠は見つからない。当日は三人とも東京都内にいたことが判明し、事件の情報は分からず、事件は、山田による恐喝事件として、迷宮入りになってしまった。
　精力的に捜査を行った奈良県警と桜井署だったが、捜査は行き詰ってしまった。
　数か月後、捜査陣は縮小し、迷宮入りの公算が大きくなった。あれほど、騒いでいたマスコミも減ってしまって、この事件は世間の目から消えてしまったのだった。